ココア

 

ココアが初めてマスダ動物病院にやって来たのは、平成21年の8月25日。
優しそうなおじいさんが、一匹の子犬をとても大事そうに胸に抱えながら、おばあさん、お母さん、お姉ちゃん達と一緒に、心を弾ませた様子で入ってみえました。

その子犬(生後3ヶ月のミニチュア・シュナウザー)は、昼間お二人でいらっしゃるおじいさんとおばあさんのために、お孫さんが購入してくれたそうです。一見すると黒く見える毛色が、よく見ると濃いこげ茶色をしていることから“ココア”と名付けられ、それはそれは大切そうに目を細め、見つめられていらっしゃる姿がとても印象的でした。

この日は大切なココアちゃんが病気にならないようにと、混合ワクチン接種と検便やフィラリアの予防をされ、必要なことは全て済み、これからココアちゃんが優しいご家族の中で元気いっぱい、子犬らしく伸び伸びと成長して行くことを、私たちも楽しみにしていました。

しかしそれから1か月半後のある朝、ココアちゃんが何度も吐き続けて元気が無いと、おじいさんとおばあさんのお二人で連れてみえました。
前回はあんなに元気だったのに、この時は元気が無いというよりも、むしろぐったりした様子に、何か大きな問題があることは明らかでした。

そこですぐに検査をすると、『糖尿病』であることが判明しました。

ワンちゃんの糖尿病は、普通、中年以降に起こることがある病気です。病気としてはそれ程多くはありませんが、決して珍しい病気でもありません。しかし、生後4~5ヶ月で発症するケース(ヒトで言う小児糖尿病)はかなり稀であり、それ故、これから先予測できない問題が起こる可能性も充分に考えられました。

当院でも成犬の糖尿病治療の経験は何度もあるのですが、子犬の場合は初めてで、院長の友人の獣医師の先生方の中にも、経験された先生はいないとのことでした。

その頃、丁度タイミングよく静岡で講演会が行われ、そこでT大獣医科の先生に、子犬故の問題点、注意点などを伺ってみたところ、「身体がどうしても虚弱傾向になってしまい、なかなか育たないですね」とおっしゃったそうです。その言葉に院長は「逆に考えれば、きちんとインシュリン療法さえ行えば、たとえ虚弱だとしても生きて行ける可能性は充分にあると感じた」と話してくれました。

そこで、早速ココアちゃんのインシュリン療法を始めることとなりました。
インシュリンの量はとても繊細で、少しでも多く打ち過ぎてしまうと低血糖を起こし、重度の場合は命に関わることもあるので、かなり慎重に行わなければなりません。

一般的には飼い主さんご自身がご自宅で行えるように指導させて頂き、病院でも常に状態を把握しながら、飼い主さんにインシュリン療法を続けて頂くようにお願いしています。
それをココアちゃんのご家族にもやって頂く訳なのですが、ご家族の事情で打ってあげられるのはおじいさんとおばあさんのお二人だということで、インシュリン療法の指導を受けにみえたのは、そのお二人でした。

注射のやり方の練習は一週間通われ、とても頑張ってくださったのですが、86歳とご高齢のため、毎回、繊細な微調節が必要とされる作業はとても難しく、ココアちゃんの命に関わることなので、どうしてもお二人にお願いすることは出来ませんでした。

ご自宅でインシュリンの注射を打てないとなると、ココアちゃんのこれからのことを考えなくてはなりません。糖尿病という病をもったこの子をどなたかが引き取り、家族の一員として迎える場合、これから毎日1日2回決まった時間に尿検査をして、インシュリン注射をしていかなければなりません。
それに係る費用ばかりでなく、その労力を考えると、ただ可愛いだけで引き取ってくださる方を探すことは、容易いことではないことは明らかでした。

後日、改めてご家族の皆さんに来て頂いて、これまでのことを説明させて頂きました。
出来ることならそのまま一緒に暮らして行きたいけれど、ココアちゃんの看護をしながらの生活はとても難しく、責任をもって守り通すことが出来ないであろう現実に困惑し、ご家族の皆さんそれぞれがとてもお辛そうでした。
その後、ご家族の皆さんで話し合いをしたいというご意向でしたので、話し合った上、また次の日に来て頂くことになりました。

ご家族のお辛い思い、ココアちゃんの純粋な眼差し・・・。もう院長は、この時点でもし話し合いの結果、どうしても現実的に育てるのが難しく、育てられないというのであるならば、ココアちゃんのことは一生当院で面倒を見よう、育てて行こうと心に決めていました。

そして次の日、再びご家族全員でココアちゃんを連れて見えました。院長が結論をお尋ねすると、「色々考えたのですが、やはりこの子を増田先生にお願いしてもよろしいでしょうか?そうして頂ければ、ココアも元気でいられるのですよね・・・。」とお返事が返ってきました。

お孫さんがプレゼントしてくれた一匹の子犬。初めてみえた時、とっても嬉しそうだったおじいちゃんとおばあちゃん。
いつも両手で大事そうに抱っこして連れてみえたその子を手放さなければならなくなってしまった厳しい現実。ご自分の力ではどうしても育てて行くことが出来ないと悟ったお二人のお気持ちを思うと、とても切なくて・・・。

だからこそ、私たちでこの子を大切に育てて行かなければと、院長はじめスタッフ皆がそう心に思いました。

その日からココアちゃんは、マスダ動物病院の14番目の大切な“病院の仲間”となりました。10月半ばのことでした。

「ココア、お座り」「ココア、待って!」「ココア、よし!」「ココア、いい子だね~♪」
5ヶ月齢のココアには、“ココア♡ココア”といっぱい呼んで、いっぱい褒めて、いいことと、いけないことを教えることから開始です。

突然病院の子になったのですから、おトイレも分かりません。だからトイレの場所もお勉強しなくっちゃ!
まだまだココアはいたずら盛り。あれも噛みたい、これも噛みたい。だけど噛んでいいものと、いけないものがあるんだよ~。それもお勉強しなくちゃね。

お仕事しながらヤンチャなココアのしつけも、スタッフみんなで頑張りました。

先輩わんこのルイちゃんは元々おとなしい子だったので、噛む行為をしたことがありませでした。元気いっぱいなハ~ト君は、子犬の頃おもちゃを噛んで遊びましたが、人の手足を噛むことはほとんどありませんでした。

ところがココアはすごかった☆

糖尿病という持病を抱えながら、そんな気配は微塵も感じさせないヤンチャぶりで、エネルギーが有り余っているせいか、スタッフのお姉さんと遊んでいるとテンションが上がってガブガブと・・・。
お仕事中も歩いている足を目がけてガブガブ・・・「ココア、痛~い!!」ということで、ココアのお蔭でスタッフにとっても毎日が、貴重な子犬のしつけのお勉強の時間となりました(笑)

昔、犬なのになぜか“ねこちゃん”という名前の先輩わんこが19歳でお別れするまで、病院の中を自由気ままにぶらぶらと歩いていた時期がありました。

そばにわんこがいる光景は心が和み、なかなかいいものです。なので自力で診察室の扉を開けることが出来ないココアも、朝から晩までスタッフのみんなと一緒に、病院の中を自由に歩き回れるようにしてみました。

検査室のガラス扉に両手をかけ、ガラス越しに顔半分だけを覗かせて、目をキョロキョロさせながら診察室の中の様子を覗き見るココア。
そんな愛らしい姿に、飼い主さんも思わず笑ってしまい、ココアのお蔭でその場が和んで行きます。こうしてココアはまるでずっと以前からここで暮らしていたかのように、病院に慣れて行きました。

子犬のココアは、あっという間に病院の子になることが出来ましたが、あんなに可愛がっていらしたおじいちゃんとおばあちゃんは、その後どうしていらっしゃるのだろう。

お家にヤンチャなココアがいた頃は毎日どれだけ楽しかったことか、それが突然いなくなってしまって、どれだけお淋しいことだろう・・・と、お二人のことが何度も何度も頭に浮かび、お元気でいらっしゃるのか気になって仕方がありませんでした。

最初の頃はココアに会いにいらしていたおじいちゃんとおばあちゃんも、徐々にみえなくなりました。

ココアに会いたいけれど、何度も会いに行くのは申し訳ないからと、もしもそんな風に遠慮されているのなら、是非お二人に元気いっぱいのココアを見て頂きたい。ココアがしあわせに暮らしていると安心して頂きたい。

そんな思いから、ココアのアルバムを作って12月のクリスマスにプレゼントさせて頂きたいと思いました。そうと決まれば即実行!早速作ってみました。

記念に写真に撮って、保存しておいたアルバムがこちらです。


アルバムのPDFはこちらから



あれから8年、ココアはすっかりマスダ動物病院の看板犬となりました。今は亡きルイ兄ちゃんの跡を継いで、高齢者介護施設でのボランティア活動でも大活躍。

ハ~ト君と一緒に愛嬌のある芸を披露して、お年寄りの皆さんに喜んで頂いています。

“ココア、いつも頑張ってくれて、ありがとう♡ 運動神経は今イチだから、ハ~ト君みたいにカッコいいジャンプは出来ないけれど、やる気は誰にも負けないものね!
ココア、これからも楽しみながら頑張ろうね。”

診療中はスタッフのお姉さん達のお仕事の邪魔にならないように、クッションの上で小言も言わずにのんびりとリラックス。

小さいお友達には興味がないのですが、時折やって来る大きなわんちゃんには、どうやら言いたいことがあるらしく“ワン・ワン”と吠えてしまうので奥の間に移動です。
でもココアにしてみたら、“ねえねえ、遊ぼうよ~♪”と言いたいのかな?

いつも病院にいるココアなのですが、時々スタッフの堀田ちゃんが、一緒に遠くまで遊びに連れて行ってくれます。
また毎年お正月になると、堀田ちゃんのご実家にお泊りさせて頂くのが恒例行事です。

ご家族の集合写真の中に、まるで堀田ちゃんのお家の子のようにしっかりと納まって、その馴染みっぷりと言ったら大したものです。
堀田ちゃん、ココアに楽しい事をいっぱい経験させてくれて、本当にありがとう。“ココア、うれしいね♪ しあわせだね♡”

我が家のお父さん(院長)も、早朝からココアと一緒にお散歩に行ったり、趣味の温泉巡りにも季節を選んで連れて行ってくれるので、ココアはお父さんのことが大好き!

どこに行ってもお父さんがその場を離れると、ずっと目で追い、待ち続けます。

ルイちゃんがまだ生きていた頃、みんなでよくお散歩に行きました。
ルイ兄ちゃんは、お母さんと一緒にゆっくり歩いてマイペース。ココアはハ~ト君にぴったりくっつき、まるで競うかのようにハ~ト君を意識しながら、一生懸命歩いていました(笑)
それは今でも変わりませんが、ココアにとってハ~ト君は大好きなお兄ちゃんであり、もしかしたらライバルでもあるのかな?


秋に紅葉を見に行ったり、わんこが乗れる汽車にも乗りに行きました。
ハ~ト君はちょこんとお座りしていたけれど、ココアは窓の外に興味津々。夢中になって身を乗り出して外を見続けておりました。

他にも思い出はいっぱいありますが、そんな楽しい思い出については、これまでにもブログでご紹介させて頂いてきましたので、よかったら覗いてみてくださいね。


生後5か月の時、突然の病で大切なご家族と離れ離れになってしまったココアですが、お父さんとスタッフのお姉さんの看護のお蔭で、病気と淋しさにも負けず、今日も変わらず元気いっぱい、病院の中を行ったり来たりしています。

担当 増田葉子

 

 

 

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