第62回
【知って得する動物の病気の豆知識 その58】
「ワンの物語」
今月はあるエッセイをご紹介いたします。

 

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私がまだ仔犬だった頃、私はあなたが喜ぶような仕草をして、あなたを笑わせました。
あなたは私のことを「うちの子」と呼び、私がどんなに靴やクッションを破壊しても、私達は最良な友となりました。
私が悪さをすると、あなたは私を指差し、その指を振りながら「どうして?」と問いました。
しかしすぐにあなたは微笑み、私を転がしてお腹をなでてくれました。あなたはとても忙しかったので、私の破壊癖は思ったより長く続きましたが、それはお互いの時間をかけて解決しましたね。
あなたに寄り添い、あなたの信念や、だれにも秘密にしている将来の夢に聞き入った夜の事を、私は今でも覚えています。

 

あの時は、これ以上幸せな人生はないと、固く信じていました。
私たちはたくさん散歩し、公園で走り、ドライブし、途中でソフトクリームを食べました(あなたは「アイスクリームは犬の体に悪いから」と言って、私にはコーンしかくれませんでしたが……)。
私はいつも陽だまりにうたた寝しながら、あなたが一日の仕事を終えて帰って来るのを待ちました。

 

次第にあなたは仕事や出世のために費やす時間が長くなり、やがて人間のパートナーを探すようになりました。
私は辛抱強く待ちました。あなたが傷ついた時や落ち込んだときにはあなたを慰め、あなたの決断が間違っていても決して非難せず、あなたが家に帰ってくると、おおはしゃぎで喜びました。
あなたが恋に落ちたときも一緒になって歓喜しました。
彼女(今はあなたの奥さんですが)は「犬好き」な人ではありませんでしたが、それでも私は彼女を受け入れ、愛情を示し、彼女の言う事を聞きました。
あなたが幸せだったから私も幸せだったのです……。

 

やがて人間の赤ちゃんが産まれてきても、私も一緒にその興奮を味わいました。
赤ちゃん達の、そのピンク色の肌に、またその香りに、私は魅了されました。私も赤ちゃん達を可愛がりたかったのです。
しかしあなた達は、私が赤ちゃんを傷つけるのではないかと心配し、私は一日の大半を他の部屋やケージに閉じ込められて過ごしました。
私がどれほど赤ちゃん達を愛したいと思ったことか。
でも私は「愛の囚人」でした。
赤ちゃん達が成長するにつれて、私は彼らの友達になりました。
私の目を指で突付いたり、耳をめくって中を覗いたり、私の鼻にキスをしました。

 

私は彼らの全てを愛し、彼らが私を撫でるたびに喜びました。何故なら、あなたはもうめったに私を触らなかったから……。
必要があれば私は命を投げ出しても、子供たちを守ったでしょう。
私は彼らのベッドにもぐり込み、彼らの悩み事や、誰にも秘密にしている将来の夢に聞き入りました。
そして一緒にあなたを乗せて帰ってくる車の音を待ちました。

 

以前あなたは、誰かに犬を飼っているかと聞かれると、私の写真を財布から取り出し、私の話を聞かせていた事もありました。ここ数年、あなたは「ええ、」とだけ答えて、すぐに話題を変えるようになりました。
私は「あなたの犬」から「ただの犬」になり、私にかかる全ての出費を惜しむようになりました。

 

そして、あなたは別の街で新しい仕事を見つけ、みんなでペット不可のマンションに引っ越しをすることになりました。
あなたは「自分の家族」のために正しい決断をしましたが、かつて私があなたのたった一人の家族だった時もあったのです。

 

私は久々のドライブでとても嬉しかった……。保健所に着くまでは……。

 

そこには犬や猫達の恐怖と絶望の臭いが漂っていました。あなたは書類に記入を済ませて、係員に「この子によい里親を探してくれ」と言いました。
保健所の人は肩をすくめて、眉をひそめました。
彼らは知っていたのです。歳をとった成犬達が、たとえ「血統書」付きでも直面する現実を……。
あなたは「パパやめて、ボクの犬を連れて行かないで!」と叫ぶ息子の指を一本一本、私の首輪から、引き離さなければなりませんでした。
私はあなたの子供のことを心配しました。何故なら、あなたはたった今、このことを通して、友情、誠実さ、愛、責任、その全ての生命への尊重の意味を彼らに教えたのです。

 

あなたは私の頭を軽くたたきながら「さよなら」と言いました。
あなたは私から目をそらし、首輪とリードを持ち帰る事さえ、丁重に断りました。あなたにとって守るべき期日があったように、今度は私にも期日が来ました。

 

あなたが去った後、やさしい女性職員が二人やってきて言いました。
「何ヶ月も前から引越しのこと知ってたはずなのに、里親を探す努力もしなかったのね……」と。
彼女たちは首を振りながらつぶやきました。「どうして?」

 

保健所の人たちは、忙しさの合間に、とても親切にしてくれました。もちろんゴハンもくれました。でも、私の食欲はもう何日も前から無くなっていました。最初は誰かが私のケージの前を通るたび、走り寄りました。あなたが考えを変えて私を迎えにきてくれたのだと願いました。今回の事が全部悪夢であって欲しいと願いました。
そうでなければせめて私を気に留め、ここから助けてくれる誰かが来てくれればと……。
しかし、幼い仔犬たちの愛情を求める可愛い仕草にはかなわないと悟った年老いた私は、仔犬たちの明るい運命をわき目に、ケージの隅に引っ込み、ひたすら待ちました。

 

ある日の夜、係員の女性の足音が近付いてきました。
私は彼女の後に続いて通路をとぼとぼ歩き、別の部屋に行きました。しんと静まり返った部屋でした。

 

彼女は私を台の上に乗せ、私の耳をなで、「心配しないで」と言いました。私の心臓が、今まさに起きようとしている事実を予期し、ドキドキ動揺しました。しかし、同時に安心感なようなものも感じました。

 

かつての愛の囚人には、もう時は残されていませんでした。
生まれ付いての性格から、私は自分のことより、係員の彼女のことを心配しました。彼女が今、果たそうとしている責務が、彼女に耐え難い重荷になってのしかかっていることを私は知っていたからです……。
かつて私があなたの気持ちを全て感じ取ったように……。

 

彼女は頬に涙を流しながら、私の前肢に駆血帯を巻きました。
私は、何年も前に、あなたを慰めたときと同じように彼女の手を舐めました。
彼女は私の静脈に注射の針を挿入しました。
私は針の痛みと、体に流れる冷たい液体を感じ横たわりました。

 

私は眠気に襲われながら、彼女の目を見つめて「どうして?」とつぶやきました。

 

おそらく彼女は私の犬の言葉が分かったのでしょう。「本当にごめんなさい」と言いました。
彼女は私を腕に抱きました。そして「あなたはもっと良い場所に行くのよ。」「ないがしろにされたり、虐待されたり、捨てられたり、自力で生きて行かなければいけないところではなく、愛と光に満ちた、この世界とは全く違う場所に……、あなたを見届けることが私の仕事なの……。」と急ぐように説明しました。

 

私は最後の力を振り絞り、尻尾を一振りすることで、彼女に伝えようとしました。
さっきの「どうして?」は彼女に対する言葉ではなく、あなた、私の最愛なる主人である、あなたへの言葉だったのだと……。

 

私はいつもあなたのことを想っています。これからもあなたのことを想うでしょう。そして永遠にあなたを待ち続けます。
あなたの人生に関わる全てが、これからもずっと私と同じくらい、誠実でありますように……。

 

— ジム・ウィルス —

 

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もう二年ほど前になるのでしょうか、私の妻が犬のしつけのセミナーに参加したときにXX市の保健所を見学させて頂いたことがありました。通常は見学できない犬舎の中を特別に許可して下さったとのことです。

 

妻はその時の様子をこのように語ってました。
「消毒を済ませた後、奥のほうに入っていくと、大きな犬舎の中に、何頭もの成犬がいました。中には身体を寄せ合い、暖めあうかのように重なり、横たわっている子、また、奥のほうでは生きる希望も無くしたかのように無気力な眼差しでじっとしたまま全く動く気配の無い子、そうかと思うと扉で「わんわん」と吠え、呼びかけ続ける子もいました。そしてその子の足元には、体中、毛玉だらけで目やにで目が塞がり、まるでボロ雑巾のような姿で、震えながら静かに横たわっている一匹のシーズーがいました。この薄汚れた子も綺麗にシャンプーしてカットしてあげたら、きっと可愛い子になるんだろうな〜。まだこれから先、穏やかに暮らしていく事がいくらでも出来るはずなのに、“人間て本当に残酷だな!”と、とても悲しくなりました。
犬に限らず猫も、ハムスターや小鳥のようなどんなに小さな生き物でも、私達となんら変わりない一つの命のはずだから、その大切な命あるものを私達のおもいで家族に招いた私達なのだから、この子達と最後まで楽しく、穏やかに暮らしていく責任が私達にはあるはず。
私達はどれだけこの子達に助けてもらい、癒してもらっているのか……。日々、小さな命に感謝しながら、共に暮らして行きたいと私は思います……。」と。

 

妻が調べ物をしている時、この「ワンの物語」というお話を目にしました。このエッセイを読んで、妻も私も涙が止まらなくなってしまいました。ジム・ウィルスと言う方が書かれたエッセイです。皆様はどのように感じられましたか?

 

〜みなさんが、大切なパートナーと共にこれからも、ずっと、ず〜っと幸せでありますように……〜

 

もの言えぬ動物達の場合、飼い主さんが気付いてあげる事が重要なのです。
動物達が私たちに安らぎを与えてくれるお返しとして、動物達が楽しく健康でいられるように気づかってあげる事が飼い主さんの勤めとも言えるでしょう。
そのためにも、この「動物病院だより」が少しでもお役に立てればと考えております。
Illust:LES5CINQ(Copyright 2002-2005 All rights reserved.)
※この『動物病院だより』は2002年から2005年まで『ペット情報サイトプチアミ』内で連載していたものです

 

 

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