ある日、病院の玄関の前に、一匹の子猫が捨てられていました。まだ生後2ヶ月ほどと思われるその仔猫は感染症に罹っていて、鼻はぐじゅぐじゅ目は目やにでぐちゃぐちゃと、とても可哀想な状態でした。
まだ世の中のことを何も知らず、周りの全てを怖がりシャーシャーと全身の毛を逆立てて、一生懸命恐怖と闘っているかのようでした。
そんな仔猫の顔をふと見ると、鼻の右側に大きなほくろの様に見える黒い斑点があり、まるで「歌手のちあきなおみ」(お若い方は?かも!)みたいだねと言って、名前はちあきなおみさんの「ち」を頂いて「ちーこ」となりました。

全身で警戒している仔猫を慣らすのは、思った以上に大変なものです。そんな子猫を院長は時間をかけてゆっくりと慣らしていきました。(ここで院長に、慣らして行った状況を聞いてみました)
仔猫は初日、入院室の部屋の奥の隅に固まり、常に警戒態勢を保ったまま次の日の朝まで一歩も動きませんでした。キャットフードを入れても一切口にせず、初めの三日間は全く心を許しませんでした。
それでもさすがにお腹を空かせたのでしょう。4日目の朝、見てみるとキャットフードを完食していました。しかしいつも奥の隅に身体をつけ、依然、警戒態勢を崩しません。
5日目からは、フードを部屋の手前までひとつずつ並べてみました。初めは部屋の中央くらいまで来ると奥に戻ってしまいましたが、日を重ねる毎に、部屋の前まで来るようになりました。
そこで丁度二週間目に、点々と置いたフードの先に、数個のフードを置いた手を続けて出してみました。仔猫はかなり警戒をしながらも、手の上のフードを2〜3粒食べて再び奥に逃げ戻りました。
それから3〜4日で、人の手に対する警戒心は徐々に少なくなって行き、ゆっくり手の上のフードを食べるようになって行きました。
手からフードを食べさせながら、やっと人を受け入れてくれたと思ったその瞬間、突然「ガブッ!」と咬まれてしまいました。まだ仔猫は乳歯なので歯の先が鋭く、指に穴が開いてしまいました。

しかし、その瞬間思ったことは、突然声を出したり指を動かしてしまうと、折角解けた警戒心が、また振り出しに戻ってしまうかもしれないということでした。
痛みをぐっと堪え声を出さずにいたお陰で、手の平のフードを食べた仔猫は、指を噛んだことは一切気にせずその後順調に人に慣れていき、1ヶ月過ぎた頃には、野良猫の仔猫としての性格は全く消え去り、人に甘える可愛い仔猫になりました。
そうしてちーこは元気に成長して行きました。
しかし徐々に人に慣れて行ったとは言うものの、嫌なものは嫌!というちーこは採血時など大きな声で抵抗するなど、元々持っている性格は強い面のある猫ちゃんでした。それでもこちらの様子をじ〜っと見ていたり、ただ寝たりご飯を食べているだけでも、なんとも愛らしくてたまらないと言って、お世話をしてくれるスタッフのお姉さんにとても可愛がってもらっていました。
そうしてちーこにとっては、病院での平凡でありながらも、平和な毎日が過ぎて行きました。
しかしその後、ちーこにはまた新たな暮らしが待っていました。
一人のスタッフが、名古屋にお引越しすることになりました。そこでちーこの魅力に魅せられた(?)このスタッフのお姉さんが、出来たらちーこを一緒に連れて行きたいと申し出てきました。
入社以来、朝の犬舎のお掃除の時にちーこが甘噛みして来てもそれが可愛いと言って喜び、お姉さんお気に入りの鼻の近くにある黒いほくろをプッシュして嫌がられてまた喜び、とにかくこのスタッフのお姉さんは、ち−このことが大好きだったので、私達もちーこが更にしあわせになれるものと信じて、ちーこをお姉さんに託すことに決めました。

それから10年近く経つのですが、今でもちーこは優しいお姉さんのもと、とってもしあわせに暮らしているようです。
そのスタッフのお姉さんに、その後のちーこについて尋ねてみました。
その後お姉さんは何度かお引越しをしたのですが、ちーこもその都度お姉さんについて一緒にお引越しをしていたそうです。
猫ちゃんは家が変わると落ち着かないとよく言われますが、ちーこはどこに行ってもその場に順応してくれて、本当に手のかからないお利口な子だったそうです。昔から抱っこがあまり好きではなく、それは今でも変わらないのですが、実家に帰るようになってからはとても甘えん坊さんになったということでした。
ちーこはお姉さんのひざの上で寝たり、お姉さんがお仕事から帰ってくるのを待っていてくれたり、ご飯を食べている時にも決してテーブルに乗ることはなく、何かくれるまでそばでじ〜っと座って待っていたり、何かしてほしい時もそっと優しく可愛らしい手でホリホリかいてくる、そんなしぐさも本当に可愛いいと、お姉さんは相変わらずちーこの魅力に魅せられて(?)いるようです。
感染症にかかったまま、ひとりぼっちで捨てられていた淋しかったちーこも、「今ではすっかり私の子供のようです」と言って大切にしてくれるお姉さんと毎日一緒にいられて、本当にしあわせに思います。
そんなちーこも、もうすっかりおばあさんになりました。これまで病気らしい病気もせず、ず〜っと元気だったのですが、最近慢性腎不全になってしまい、今は毎日お薬を飲んでいるそうです。でも、まだまだ元気、大丈夫!きっともっともっと長生きしてくれることと、私たちも信じています。
最後にお姉さんがこんなことを話してくれました。
「チーコと暮らすようになって本当によかったと思うことは、どんな時もいつもそばにいてくれたということです。自分の機嫌がいい時、悪い時、落ち込んでいる時、風邪を引いている時、私のテンションが高い時、どんな時でも私のそばにいてくれることが、私の心を穏やかにしてくれ優しくしてくれました。ちーこと一緒にいられることがとっても嬉しいです。」
世の中には新しい飼い主さんを探すこともせず、何の保証もない危険な中、誰かが拾って育ててくれるだろうとでも思っているのか簡単に捨ててしまう人がいるのも事実です。しかし猫ちゃんを連れておみえになる飼い主さんの中には、同じように捨てられていた仔猫を保護して、大切に育ててくださっている方が本当に沢山いらっしゃいます。こうして小さな命を大切にしてくださる方が世の中に沢山いることに、救われる思いが致します。

仔猫を拾って大切に育て、そして必ず訪れる最期を迎えられた時、飼い主さんがよくおっしゃる言葉があります。「私がお世話をしていたつもりでいたれけど、本当は私がこの子にお世話してもらっていたんだな〜て気付いたんです。朝も起こしに来てくれて、いつもそばにいてくれて、私はこの子にこんなに癒してもらっていたんだな〜って分かったんです。」涙をいっぱいためて、そんな風にお話をしてくださる方が本当に多いです。
愛情をいっぱい注いで接しておられるからこそ、またそのお返しのようにしあわせな時を、動物達が与えてくれているように感じます。共に暮らす動物と人間が、互いにしあわせに包まれて暮らしていけることは、本当に素晴らしいことだと思います。どの子もみんな、しあわせであってほしいと願っています。
くりちゃん、可愛がって育ててくれて本当にありがとう。ちーこはくりちゃんと一緒で、本当にしあわせだね♪
担当 増田葉子