チュンちゃん

 

2017年7月のある日、小学生の女の子2人組が小さな箱を抱えて病院にやって来ました。
話を聞くと、自宅前の道路にスズメの雛が落ちていたとの事。命に関わる様な怪我はしていなかったものの、両足共に足の向きがおかしく、更に指もずっとグーの状態で動かす事が出来ず、生まれつきの異常だと思われました。
その雛の体は5cm程の大きさで、まだ嘴(くちばし)の口角が黄色いものの、羽はだいぶ生え揃って来ている様でした。

ここで少し“野鳥の扱い”についてお話させて頂きます。

野生の動物達には自然界の掟があり、弱い者は強い者に食べられることで(弱肉強食)、全ての野生動物達の世界のバランスが成り立っています(食物連鎖)。

野生の動物達に人間の手を加えるという事は、そのバランスを崩してしまうのはもちろん、今回の様に人の手から餌をもらう事を学習してしまうと、その後元の場所に戻しても厳しい野生の世界では生き抜いていく事が不可能になってしまいます。

本来、野鳥の雛が落ちていても、巣立ちの練習中で親鳥がどこかで見守っているかもしれないので、人間が手を出して野生の世界に関わらないように色々な自治体や団体が声掛けをしています。

←例えば、日本野鳥の会では左記の様なポスターを配っています(公益社団法人 日本野鳥の会HPより)。

しかし今回のケースは、単に“巣立ちの練習中”ではなく、生まれつきの障害により巣から落ちてしまったのだろうと思われました。
例えばこの雛を元の巣に戻しても、再度巣から落ち(落とされ?)て、結果的には「死」しか待っていない事は明白でした。
そこで色々考えた末、まずは何とか命を繋ぐ事を考え、餌を与えてみる事にしました。

野鳥の雛を育てるのはなかなか難しいものです。しかし院長は小学生の頃、夏休みに二羽のスズメの雛を拾い、その二羽を餌付けし手乗りに育てた経験がありました。

まずは餌を与える親の嘴代わりに、割り箸を削って餌やり棒を作りました。


食事は親鳥が巣の中で口を開けている雛に嘴から餌を与えるように、粟玉(あわだま)などをふやかした餌を餌やり棒に乗せて、棒の先を使って口を開け、人差し指で餌を喉の奥に押し込むように送り入れます。

最初の頃は二階の自宅にも連れて来ていたので、ハ~ト君が興味津々で見ていました。餌やりが終わっても、とにかく“これは何だ?”とでも思ったのか、チュンちゃんのそばから離れず、飽きることなくずっとずっと見ていたものでした。

数日間、みんなでお世話をする中で餌も受け入れてくれ、これから何とか飼ってあげる事が出来そうだという目途が立ち、話し合った結果、これから終生本院でお世話をして行く事に決まりました。そしてその日からチュンちゃんは、マスダ動物病院の大切な“病院の仲間”となりました。

住まいは取り敢えずダンボール箱に小さく切った新聞紙を敷き詰め、この箱の中で育てる事にしました。

それから数日後、院長が竹製の鳥籠を買って来ました。
しかし、チュンちゃんは足が不自由なので、止まり木に止まる事は出来ません。そこで鳥籠に付いていた止まり木はやめて、何とかチュンちゃんの安らぐ居場所が出来ないかを考えました。

まずはホームセンターでバルサ(工作の時にも細工などしやすいとっても柔らかい合板)を購入し、チュンちゃんがゆったりとくつろげる、リビングルームの様なスペースを鳥籠の隅に作ってあげることにしました。

この台の上に新聞紙を敷き、またその上にキッチンペーパーを重ね、糞をしたら交換できるようにと工夫してみました。チュンちゃんはこのスペースを気に入ってくれたようで、作った当日から自分の居場所と認識してくれました。

餌はさし餌から少しずつ自力で食べるように練習をしました。
初めは小さいスプーンから与えてみて、それを食べるようになったら、次に食器の上で餌を小さなスプーンの上に乗せて、食器から直接食べるように誘導してみました。

お腹が空いていても、最初は上手に食べる事は出来なくて、ただ餌をつついているだけでした。
しかしチュンちゃんは健気に頑張り、徐々にその餌の一部が喉の奥まで通っていくようになって行きました。
結局食器から直接食べるのに1~2週間かかりましたが、何とか苦労しながらも、食器から食べる事を覚えてくれました。

また餌と水も作成したリビングスペースのすぐ横に設置することで、そこに居たままで食事を摂ることができ、更に居心地は良いものになったようです。

チュンちゃんは夜はリビングでなく、細かく切った新聞紙を敷き詰めた鳥籠の下の方で寝ているのですが、朝になってスタッフの誰かが来るとパッと目を覚まし、嬉しそうにパタパタと羽ばたき、上のリビングスペースに上手に着地をします。
足は不自由なのですが翼は全く正常で、リビングスペースまでの距離感を間違えずに、上手に調整して飛んでいるようです。

チュンちゃんが病院の仲間になってから、早いもので一年以上が過ぎました。

今では成鳥の餌に加えて、青菜などの葉物野菜も食べています。
夏場は極稀に飲み水の容器で水浴びをしたり、野菜に付いている水滴で羽をバタバタさせて水浴びを楽しんだりもしています。
それだけ、この場所に慣れたんだなあと嬉しく思います。

ちょっと分かり難いのですが、上の写真は青梗菜で、下の写真は豆苗で、それぞれ水浴びをしているところです。
濡れた青菜に体をこすりつけ、羽をバタバタさせて、3分くらいかけて全身を濡らします。初めて見た時はビックリしましたが、あまりにも一生懸命やっているので、ついみんなで笑ってしまいました。

今では看板娘ならぬ看板スズメ(?)として、毎日、待合室の受付台の上で患者さんをお迎えしています。誰かが通ったり、声が聞こえると時々「チュチュチュ♪」と鳴き、鳥籠の中を行ったり来たりして反応しています。

特に院長に対しては、初めて餌をくれた人=お母さんと思っているのか、院長の声が聞こえた時の反応が他の人の時とまるで違うのです。

院長が一声「チュチュ!」と鳴きマネをすると、チュンちゃんは「チュチュチュチュチュチュ!!」とまるでマシンガンの様に鳴き返しています。
鳴き返すだけではなく、院長が「チュンちゃん!チュチュチュッ!」と声を掛けると、リビングスペースと下のスペースをパタパタと2~3往復して喜びを表現するようになりました。
院長もそんなチュンちゃんが可愛いらしく、時々チュンちゃんとの鳴き声スキンシップを楽しんでいます。

また、飼い主さん達もチュンちゃんの事を気に掛けて下さり、「チュンちゃん、今日も元気かな?」「今日も葉っぱ食べてる?」と、声を掛けて下さいます。

そんな風に、チュンちゃんを通して飼い主さんとお話をしていると、とても温かい気持ちになります。
野生では生きて行けなかったチュンちゃんが、小学生の女の子たちの優しさにより病院と繋がり、そこからまた更に人と人とを繋いでくれる大切な存在となっている姿から、どんな小さな命にも意味や役割があると、私達に命の尊さを教えてくれているように感じます。

チュンちゃんのお世話をする中で、鳥籠に手を入れると始めは嘴(くちばし)で突いて来ますが、「チュンちゃん、おいで!」と手の平を差し出すと“ピョン”とその上に飛び乗り、手で包んであげると温かそうに丸まっています。きっと日々のお世話を通して、人の手は怖いものじゃないと思ってくれているのかなと思います。

また気分が乗っている時(テンションが高い時)は、籠の隙間から人差し指を入れると”ツンツン”と指先をつつきます。攻撃的な意味では無さそうで、恐らく親鳥と遊んでいる様な感覚なのでしょうか。どんな時も必ず反応してくれる従順さに、とても癒されている毎日です。

そんなチュンちゃんを時々スタッフの休憩室に連れて行き、手の平の上に乗せたり、カーペットの上に放してみたりしています。手の平の上では丸まって、そのまま静かにしていると眠ってしまいます。本当にその姿が可愛らしくて・・・♡

カーペットの上では羽をバタバタとさせ、まるで水浴びをする時の様に動かしながら移動して行くという不思議な動きをします。足はコントロール出来ないので、自分の思うようには動けないのですが、5分近くその行動をしていました。どうやらチュンちゃんはカーペットの感触が気持ち良いと感じているのではないかと思います。

大人しくしていると思い、油断していると急に空中に飛び、数秒間飛んでいますが着地が出来ないので慌ててキャッチします。
私達もビックリしますが、キャッチした後は自然とその場に笑いが起こります。

普段鳥籠の中で長時間飛ぶ事はありませんが、ちゃんと飛ぶ事を忘れずにいるチュンちゃんを見て、動物の本能はすごいなぁと思うと同時に、自然の中で生きて行けなかった分、病院での暮らしを穏やかなものにしていってあげたいなと思っています。

スズメのチュンちゃんも猫の愛花ちゃんも、障害があってもみんなを癒してくれる存在であり、大切なひとつの命です。

それぞれ様々な事情がありますが、与えられた命を精一杯生きる動物たちの姿に、私達が学ばせてもらう事も大きいと感じました。

チュンちゃん、これからも元気いっぱい、毎日楽しく過ごしていってね。

担当 堀田のぞみ

 

 

 

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